誰も言ってくれないから、自分自身に言ってあげたい。 やけにがんばったねって。

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そんな中、おいが足を骨折。 うちから近いのでアパートからゼミナールへ伺うことになりました。 病院に付き合ったり、ゼミナールまで迎えに行ったり。 寝床の支度からごちそう、お弁当の支度まで、果たして忙しかった。 一緒に生活した事が弱い高校生を、まるごと2週間も苦しみを見分けることになり、胃が痛かったし疲れた。
甥っ子の居候も終了した一環、
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